JSRT

生物多様性保全のための緑化植物の取り扱い方に関する提言

                                           日本緑化工学会※1


1. 提言の目的

 人間活動は地域の生態系に対してさまざまな影響を与えており、それを修復する手段である緑化の役割は大きい。道路や住宅団地などの建設事業にともなう造成工事、工場や発電所などの産業開発にともなう環境保全、崩壊地や荒廃した森林の復元、都市の中のビオト−プの造成など、多くの場面で緑化が求められており、そこにおいては自然保護や生態系の修復などが要請されることが多くなってきている。
 その一方で、各地で広範に緑化が行われるようになった結果、緑化植物として導入した移入種が逸出して地域の侵略種になり、在来の植物を駆逐するなど生態系を攪乱する問題が生じている。播種緑化で多用されてきたト−ルフェスク(オニウシノケグサ)などの外国産牧草類は、河川敷や農地の周辺などに逸出して分布を広げており、荒廃山地の復旧にかつて使われていたニセアカシアは、近年、河川敷の林として見られることが多い。大気汚染などに強いことから1960年代以降に各地で植栽されてきた中国原産のトウネズミモチは、鳥散布種子で分布を著しく拡大してきた。
 このような侵略種の問題を避けるために、自生種の利用が試みられているが、その際に国内での種子の供給難などの理由から外国産の種子が利用されることがある。一例としてコマツナギは、日本国内に分布するものと中国大陸に分布するものの学名は同一であり、同じ種であると考えられるが、中国産の種子を導入して緑化に用いると、在来の系統との間で草丈などの形態に明瞭な差がみられる。これは、同一種の中の地理的変異によるものか亜種レベルでの違いによるものかは現状では明らかではないが、いずれにしても厳密な意味での自生種緑化とは言い難いものである。
 日本国内に分布する自生種の間でも地理的変異がみられることがある。伊豆大島のトベラと本州のトベラは同種であるが、国指定天然記念物大島海浜植物群落に補植導入されたトベラの葉の形は自生の個体と明らかに異なっていた。このように個体群を相互に移動させると、次第に交雑による形質の浸透が起きることが危惧される。
 遺伝子情報は進化の長い歴史の過程で獲得されてきたかけがえのない自然界の遺産であり、遺伝子攪乱は遺伝子の学術的価値と資源的価値を消失させるものであることに配慮しなければならない。
 また、植物種の不適切な利用による景観被害は、地域の自然に根をおいた地域文化への影響の問題としてもとらえられることから、緑化植物の扱い方については十分な配慮が求められる。
 以上まとめると、生物多様性保全の観点から、(1)移入種の増殖による自生種の生育地消失の問題、(2)移入種と自生種の間の浸透性交雑の問題、(3)外来の系統の導入による在来の地域性系統の遺伝子攪乱の3つの問題が、緑化の関係者に対して投げかけられている。すべての緑化関係者は、植物の種の問題に無関心でおれない時代となった。
 ここでは、これらの問題の解決を目指して、緑化植物の適切な取り扱いについての基本的な考え方を示す。さらに、その具体化のために、植物の供給体制、緑化の計画・設計・施工のあり方まで、総合的な立場から提言を行う。この提言で対象とするのは、開発地、荒廃地、都市緑地などにおける緑化である。農林業における植物の取り扱いは対象としない。
 本提言は次のように構成されている。2章では、本提言の理解のために特に重要な用語について定義する。3章では、どのような植物で、どのような地域で、緑化植物の取り扱いに注意すべきか、基本的な考え方を整理する。4章から6章は、実際の緑化事業の流れの中で、生物多様性について配慮していくためには、どの時点で、どのような事柄で注意が必要か、総合的な観点から述べる。7章はそのようなプロセスの中で、必要な評価のあり方について示す。最後の8章では、提言を具体化するために、とくに重要と考えられる関係者の取り組みについてまとめた。
 本提言には学問的・技術的に議論が必要な部分を多く含んでいるが、問題の緊急性に鑑み、現状の知見を基礎に急ぎ取りまとめたものである。研究の進展によって、改良が必要な事項も出てくると考えられ、それらについては今後の改訂を期待する。

※1 起草:植物問題検討委員会(委員長;亀山章,委員;倉本宣,小板橋延弘,小林達明,中野裕司,則久雅司,藤原宣夫,森本幸裕,山田一雄)


2. 重要な用語の定義


 本章では、本提言の中で用いられる特に重要な用語について定義する。

移入種:自然分布範囲外の地域又は生態系に、人為の結果として持ち込まれた種、亜種、又はそれ以下の分類群 ※2。
侵略種:自然植生や、人為と自然の力が平衡した関係を保っている半自然植生に定着した移入種で、生物多様性を変化させ、脅かすもの。侵入種と呼ばれる場合もある。ここでは緑化分野で従来使われてきた「自然侵入種」と区別するため「侵略種」とする。
自生種:自然分布している範囲内に分布する種、亜種又はそれ以下の分類群をさす※3 。
地域性系統:自生種のうち、ある地域の遺伝子プールを共有する系統。遺伝型とともに、形態や生理的特性などの表現型や生態的地位にも類似性・同一性が認められる集団をさす。
地域性種苗:地域性系統をベースに生産された種苗。当面、市町村より下位の地域スケールで原産地が特定され、生産経過が明らかな種苗のみを認める。従来、「郷土産郷土種」と呼ばれていたものはこれにあたる。
緑化植物:造成地や荒廃地、開発地の土地保全や環境保全、景観育成などのために、人為的に導入された植物。自生種、移入種、栽培品種のいずれも含む。
栽培品種:人為による選抜や育種が行われ、品種名が与えられた植物。
ハビタット:生物の生息および生育場所。種に対応する空間的単位であり、その様態によって定着できる種が決まる。施工の側から言えば、緑化における基盤整備の具体的な目標である。岩角地、丸石河原、切り土法面などの微地形がこれにあたるが、表層土壌や植栽基盤も植物のハビタット要素の一部である。

※ なお、以下の用語は、下記の理由により、本文書中では用いない。
郷土種(郷土植物) 地域の自生分布する植物。ただし厳密な定義はなく、上記の「自生種」として用いられる場合、国内産の「自生種」をさす場合、「地域性系統」をさす場合など、多義的に扱われてきた。そのため混乱を招いてきた経緯があり、本文書中では用いない。
外来種:自然分布域の外部から移動して生育を続ける種。ただし島国のわが国では、国外産のものをとくに外来種と呼ぶ場合もあるので、誤解を避けるため、この文書では用いない。
在来種:自然分布している範囲に存在する種であり、「自生種」と同義。しかし国内産のものをとくに在来種と呼ぶ場合もあるので、誤解を避けるため、この文書では用いない。

※2 国外から持ち込まれた国外移入種と国内の他地域から持ち込まれた国内移入種がある。
※3 種の自然分布域は国境をまたぐ場合もあるため、対象の植物が国内産かどうかを問うているわけではない。

3. どのような植物と地域で問題にすべきか

3-1 基本的な考え方

 この章では、植物の取り扱いによって生じる危険のある3つの問題、すなわち侵略種、雑種形成、遺伝子レベルの撹乱を防止するための、植物と地域についての概念的枠組みを整理する。これ以下の章を展開するにあたっての基本的な考え方を示す。

3-2 植物についての考え方

 緑化植物を取り扱う際には、先にあげた3つの危険性に対し、必要な対応策を講じるべきである。
 植物の取扱いは地域の取扱いに優先する。植物種の分布様式は多様であり、地域区分によって、どの種も同様な基準で取り扱えるとはかぎらない。例えば、種保全地域においても、隔離されている個体群においては、遺伝子レベルの撹乱を防止する対策が必要になる。

1)生態系の撹乱
 移入種は移入先の生態系の中の空いた生態的地位を占めることが多い。しかし、在来の自生種と競争的な関係になる場合もあり、その場合には生態系に及ぼす影響は深刻になる。
 我が国の生態系に重大な影響を与えている侵略種には、シナダレススメガヤ(ウィーピングラブグラス)やオニウシノケグサ(トールフェスク)、ニセアカシア、イタチハギなどがあり、以下のような競争種の生活史特性を持った種が多い。すなわち、相対成長速度が大きく、ある程度の大きさにまで成長し、早春に発芽したり、株を作ったり、根萌芽で広がったりして、他の種の生育を阻害する特性である。これらが逸出して在来種を脅かすことのないように使用する場合には細心の注意が必要である。
 植栽に伴って、病気や害虫が持ち込まれることがある。植物防疫により国外からの侵入はある程度抑えられているが、国内では減少した高山植物の植え戻しの際に病気が持ち込まれた例がある。また、植栽の際に持ち込まれる土壌が病原体を持ち込む原因となる危険がある。

2)浸透性交雑
 生物学的種は生殖的隔離によって定義されているものの、異所的に分布する種の間には生殖的な隔離機構が発達していないことも多いので、分布域を越えて植物を植栽することによって、雑種が形成されることがある。その雑種が母種と戻し交雑をくり返すと、種間の差異がなくなる。伊豆大島における固有変種オオシマツツジと園芸品種オオムラサキの間で浸透性交雑が起きていることが示唆されている。同様の事例が、海岸に生育するキク科の植物についても知られている。

3)遺伝子レベルの撹乱
 種内の変異は、自然選択に影響を与える非中立的なものと、自然選択の働かない中立的なものとがある。非中立的な変異は生育環境に適応したものであるから、その取扱いを誤ると、緑化に失敗したり、その地域に不適応な形質の遺伝子が広がることになる。例えば、タブノキの新葉の展開は生育地によって異なり、南に生育する系統を分布の北限に近い場所に植栽すると遅霜の被害を受けることがある。
中立的な変異はその集団の進化の歴史を反映しているので、生物進化を研究する材料として重要である。このような学術的な観点からは変異をできる限り保全することが望ましい。
以下に、同種であっても、人為的移動に慎重な配慮を要する例について示す。
(1)種より下位の明瞭な分類群  変種などの種より下位の分類群を形成している場合には、この分類群の対立遺伝子の構成を守らなければならない。例えば、中国産コマツナギは日本産コマツナギと形態的に明らかに区別できるので、区別して取扱う必要がある。
(2)広域分布種  分布域の広い種の中には、分布域の中で遺伝子流動が均一に行われず、場所によって異なった対立遺伝子の構成になっている場合があると考えられるので、安易な長距離移動は謹むべきである。
 例えば、クライン種として環境傾度に伴う地理的変異の大きい種の存在が知られている。地理的変異の大きな種の個体を分布域内の他の地域に移動させることは緑化の失敗を招く可能性がある。例としてはブナがあげられる。
 もう一つの例として、エコタイプ種というエコタイプ(生態型)のある種の中には、長期間かかってエコタイプが分化した種もあることが想定されるので、そのような種については分布域内の他の地域に移動させることは緑化の失敗を招く。この例としては上に述べたタブノキがあげられる。
(3)不連続分布種  分布域が不連続な種は、それぞれの分布域の個体群がメタ個体群とみなされるので、個体を別の分布域に移動させることは遺伝子流動の範囲を越えた個体の移動となるから遺伝子レベルの撹乱を招く。この例としてはカワラノギクがあげられる。
(4)絶滅危惧種  絶滅危惧種は減少の過程で生育地が不連続になっていることが多いので、不連続分布種と同様である。ただし、近交弱勢などの遺伝的な劣化が起きている場合には、遺伝子レベルの撹乱よりも種の存続を優先させるために、個体群間の個体の移動が必要になることもある。
(5)周縁の個体群  分布域の周縁に位置する個体群は、種を構成する集団の中で対立遺伝子の特異な構成を持っている場合があると考えられるので、そのような場合には他の個体群の個体を持ち込まないように注意することが望ましい。

3-3 地域についての考え方

 緑化植物を取り扱う際には、いかなる地域であろうと、緑化によって本来生育していない種や系統を持ち込んで生態系を撹乱したり、対立遺伝子の構成に影響を与えて遺伝的な多様性を撹乱したりする危険性について配慮しなくてはならない。
 以下に4つの保全レベルをあげる。

1) 遺伝子構成保護地域
 遺伝子構成保護地域とは3つの危険をすべて排除する地域である。すなわち、人為による対立遺伝子頻度の変化を行わない地域であり、緑化による特定の対立遺伝子頻度の変化を避けるため植物の導入は一切行わない。対象となるのは、原生的な自然を有し記念物的な価値の高い地域、学術的な理由から植物の人為的移動を認めない地域である。

2) 系統保全地域
 系統保全地域とは、3つの危険のうち、人為による対立遺伝子頻度の変化を認めざるを得ない地域である。緑化にあたって、その地域に新たな対立遺伝子を持ち込まないように地域に自生する系統を用いた緑化を行う。対象となるのは、隔離されたハビタットであり、具体的には島嶼、高山、河川、湿地に加えて、自然の保護を図る地域である。地域の広がりについてはそれぞれの植物の遺伝子流動の範囲とする。

3) 種保全地域
 種保全地域とは、3つの危険のうち、遺伝子レベルの撹乱を認めざるを得ない地域である。緑化には自生種を用い、その系統は問わない。施設の形態や管理条件等によって、栄養繁殖による逸出を防ぐ手当てが可能ならば、交雑によって作出した種子繁殖力を持たない緑化植物を使用することも認められる。

4) 移入種管理地域
 移入種管理地域は、1〜3の領域を除いたすべての地域がこれにあたる。一般に、自然生態系から隔離された環境で、人間による植物の管理が可能な領域である。植栽した植物が自然生態系に逸出しないように管理しながら、移入種を植栽できる。

 これを従来の自然保護の地域区分と対応させてみると、遺伝子構成保護地域には例えば原生自然環境保全地域、森林生態系保護地域、天然記念物があたり、系統保全地域には例えば自然公園の特別保護地区、自然環境保全地域などが適当であるという見方があるが、現状の制度では厳密には対応しない。また、現状では自然保護制度の規制の網がかかっていない里山にも、系統保全地域や種保全地域に位置付けることがふさわしい場所が多い。
 事業の計画段階において、調査に基づいて、地域の位置付けを適切に判断する必要がある。

3-4 地域性系統の移動の範囲

 遺伝子レベルの撹乱を防ぐためには、地域性系統を遺伝子流動のある範囲の中で使用することが必要である。この範囲は、対象種の分布様式、繁殖様式、種子散布様式によって異なる。例えば、丸石河原の植物では流域が単位になり、隔離された島嶼の植物では島が単位となる。
 しかしながら現状では、遺伝子流動の範囲が明らかになっている植物は多くない。よって移動を許容できる範囲を、学術的見地から確定できない場合が多い。これについては今後の研究の進展に期待せざるをえない。
 分布が連続する種にあっては、当面、都道府県より下位の地域レベルで、植物相の違いや自然保護の地域指定などを考慮して地域区分を行い、その範囲を地域性系統の移動許容範囲とすることが望ましい。また、地域性系統を緑化に用いる場合は、原産地の記録を保存することが重要である。

4. 調査・計画

4-1 計画段階からの関与

 生物多様性保全に配慮した緑化を行っていくためには、生態系の広がり・連関と時間的変化についての見通しがなくてはならない。よって基本計画のレベルからそうした点が考慮されなくてはならない。
 たとえば緑地の配置計画や当初の緑化工事は、その後の生態系変化を大きく規定することになる。景観生態学の成果からは、緑地の配置やサイズ、形状がその後の生態系の発達に大きな影響を与えることがわかっている。地形の改変や、土壌、導入植生の初期構造は、その後の生態遷移に大きく影響する。
 また自生種や地域性系統を緑化植物材料として用いるためには、次章で述べるように、準備に時間を要する。施工段階で適切な材料を供給するためには、計画の段階から準備を開始しなくてはならない。
 生物多様性に関する知識豊富な緑化の専門家が、調査・計画の段階から参加する必要がある。

4-2 緑化植物導入の地域生態系影響評価

 計画の過程において、緑化による生物多様性に対する影響を評価して、必要な場合は、対策を講じる。緑化を主体とした事業でない場合でも、それに付随する緑化事業が新たな影響を引き起こさないよう配慮する。環境保全措置により新たに引き起こされる二次的影響についても評価されなくてはならない。
緑化植物導入が緑化対象地域の生態系に与える影響の可能性としては、3章に示したように、移入種による種組成の撹乱、浸透性交雑の発生、移入系統による地域性系統の遺伝的撹乱があげられる。用いようとする植物がどのような生態系影響を及ぼす危険性があるか判定されなければならない。
 次に、当該の地域を、どのような保全レベルに位置付けるべきか検討されなくてはならない。その考え方の枠組みについても3章に示した。
 なお、植物導入によって影響を受けるのは、緑化対象地だけとは限らない。たとえば山地に導入された緑化植物が逸出し、流域下流の河原植生を撹乱する可能性もある。地域外部への影響についても配慮されなくてはならない。

1)侵略種の取り扱い
 侵略種と判定された種については、遺伝子構成保護地域、系統保全地域、種保全地域では、原則的に用いない。また緑化対象地がそのような地域に属さなくとも、下流にそのような地域や場所があり、影響が危惧される場合は、侵略種の利用は望ましくない。用いる場合は逸出が起きないように工法を工夫するなど対策が必要である。

2)種間交雑対策
 近縁の移入種を導入する場合、地域の自生種との浸透性交雑を引き起こす危険性があり、注意を要する。貴重と認められる自生種に対して、導入しようとする植物が浸透性交雑を起こす可能性がある場合、その植物の緑化利用を避けるべきである。

3)種内の遺伝的撹乱対策
 遺伝子構成保護地域と系統保全地域では、他地域からの植物材料の導入を原則として避ける必要がある。
種や地域性系統の保全が重要項目として計画段階で採択された場合は、それを明確な目標として掲げ、周到に準備を進めなくてはならない。

4-3 立地ポテンシャル評価と緑化目標の適切な設定

 生物多様性の保全のために、緑化目標の設定は重要な事項である。目標の設定にあたっては、緑化の対象となる場あるいは生態系が時間とともに変化するという性質を十分考慮しなくてはならない。
 当該個所の生態系発達はその立地ポテンシャルに規定される。立地ポテンシャルは大きく、地学的ポテンシャルと生物学的ポテンシャルからなる。前者は生態系の物質的基礎を規定する。後者は周囲の生物的環境や対象地の形態によって決まり、成立可能な生物相を規定する。これらは生態系発達の制約条件を示すといってよい。地学的な条件については、工事によってある程度操作可能であるが、その耐久性や維持コスト等については十分考慮されなくてはならない。
 目標には、例えば「沼沢地」など地学的空間(フィジオトープ)を設定する場合、「ヨシ−ガマ群落」など植物群落の型を設定する場合、「ギンヤンマ」など特定の種を目標とする場合などがある。生物種はわかりやすい目標になりうるが、一般に地学的条件に比べて、生物的条件の操作性は低い。種を目標に掲げる場合は細やかな継続的管理を要する場合がある。
 緑化計画を行うにあたっては立地ポテンシャルを把握し、管理の可能性などを見極め、実現可能な緑化目標を適切に設定しなくてはならない。また目標の順位付けを行っておき、後々の設計や管理の変更に対応できるようにする。

4-4 計画目標とその時間設定

1)竣工時の目標と最終目標
 緑化事業においては、工事の竣工は完成を意味しない。竣工時に性急な目標を掲げると、結局は生物多様性を損なう場合がある。竣工時の目標形と最終的な目標は別に考える必要がある。竣工時の目標は、最終目標植生・目標種の成立に必要なハビタット形成と植生の初期条件の設定にあるべきである。最終的な目標形態に対しては、それにいたる生態系の発達過程を予測し、適切な管理を行って導いていく。

2)生物多様性に配慮した平面計画
 生物多様性は導入される植物の多様性によってのみ形成されるわけではない。むしろ、整備されるハビタットの多様性と緑化基盤の質がその後の生物多様性を次第に規定していく。生物多様性に配慮した緑化工事では、対象地のスケールに応じた、空間の多様性の設計が重視されなくてはならない。

3)準備時間による種苗供給の制約
 地域性の系統を緑化材料に用いようと思えば、特殊な場合を除き、その準備には数年を要する。よって、計画から竣工までの時間によって、使える緑化材料は自ずと限定される。そのため、計画はできるだけ早期からなされることがのぞましい。採種・育成のための準備が遅くなるほど、きめ細かな植物の準備はむずかしくなる。時間が竣工時の形態を規定する性質があるということを発注者は自覚すべきである。

4)緑化の詳細設計
 詳細設計の対象となる植生の形態や適用工法は、工事の進行によってはじめて明らかになる場合がある。たとえば切り取りのり面の土質は実際に切り取り土工が進まないと詳細はわからない場合が多い。そうしたハビタットの質によって導入可能な植生の種類は変化する。また植物材料供給の条件などによって、設計の変更をした方がよいと判断される場合がある。
 緑化を計画的に進めるためには、設計も早め早めに行われることが望ましいが、設計者は、計画の重要性の順位を理解した上で、事態の進行に柔軟かつ迅速に対応する必要がある。

5)適応的管理計画
 緑化事業においては、様々な複雑な要因の存在から、生態系発達の予測が常に的中するとは限らない。とくに生態系の修復をめざすような緑化では、それぞれの事業が実験的側面を有している。よって、管理の局面では、生態系の監視が同時に行われることが望ましい。予測と実際のズレを継続的に監視しながら、管理方法を適応的に選択できるよう計画する。

5. 緑化植物の生産と供給

5-1 侵略種のやむをえない利用と対策

 侵略種となる可能性のある移入植物の利用はどのような場合でも好ましくないが、防災上の目的のため、使用せざるを得ない場合がある。たとえば広面積の盛土法面の侵食防止では、イネ科草本を用いた急速緑化のほかに、代替できるよい工法がないという現状がある。こうした場合の植物材料については、今後、種子不稔系統や短命系統、環境選好性系統等の非侵略性系統の選択・育種等が望まれるほか、新たな工法の検討など早急な技術的対応が望まれる。

5-2 地域性種苗の利用

 遺伝子構成保護地域と系統保全地域では、他地域からの植物材料の導入を避け、地域性系統を用いる。そのためには当該の植物が他地域産でないか識別する必要があるが、種内の地域的な変異を、形態から識別するのは一般には困難である。
 核酸や酵素タンパクなどの遺伝情報を用いた系統の判定や遺伝学的距離の測定に関する研究は急速に進歩しているが、種内の遺伝的変異はごく一部の植物で明らかにされているにすぎない。またその解釈をめぐってはさまざまな議論の対立が見られる場合がある。今後の学問の発達を期待するとしても、現時点では、遺伝情報による地域的な系統の同定は、十分に実用的な段階には達していないと言える。
 現状で現実的な対策の一つは、種苗に原産地記載を行うことである。そのような記載を施された種苗を「地域性種苗」と呼ぶことにして、以下に具体的なその供給体制について示す。

1)市場種苗における原産地記載
 市場に流通する種苗では、自生原産地が明らかで系統の地域性が保証されるものに限って、地域性種苗として扱う。原産地は市町村+字名など、できるだけ場所が明らかなレベルで記載する。生産地も併記されなければならない。また母樹が保存・特定される場合は、その個体認識名を同時に記載することも考えられる。
 地域性種苗は、産地が明らかでない種に比べて、生産に手間を要するため、価格の差別化が行われるべきである。 
 地域性種苗の在庫・生産状況は、一般の種苗生産情報とは別枠で公開される必要がある。インターネットなどのネットワーク化された系を通じて、現時点の各地の状況が把握できることが望ましい。これによって適切な計画の検討と発注が可能になる。
 仕様には、単にサイズだけではなく、実生由来か挿し木由来かなどの生産経緯に関する表示もあることが望ましい。従来はサイズだけを合わせた不良苗が納入される場合もあり、樹勢についても適切な評価が必要である。さらには挿し穂や根株といった特殊形状の種苗に関する情報も公開されるべきである。
 地域性種苗とその供給業者については、定期的に、一定の権威ある機関による検査が行われる必要がある。検査は、種苗の外部形態と遺伝子情報、および採取・繁殖・生産プロセスについてなされる。その基準と手続きについては、今後、早急に検討を要する。
 種苗の確実な採種のために、母樹園を整備は一つの方法である。その場合、遺伝子の多様性を確保するためには、できるだけ多数の個体が母樹として確保されるのが望ましい。そのためには広大な用地を要するが、従来の圃場のみならず、学校や公園をはじめ、国・県有林等、林地の活用も考えられてよい。
 地域性種苗の生産にとって、もっとも重要なことは、信頼性高い業者の育成である。植物学、生態学を専門的に学んだ種苗生産技術者を育成する必要がある。また多様な植物種苗の生産技術、活着率の高い苗の生産技術など、従来使用頻度の低い野生植物利用のための基礎的な技術力の向上が望まれる。さらには現在、人不足の状況にある、植物の知識に長けた採種人も育成の必要がある。
 当面、これらの対策を推進する主体となる組織が、県など、適切な地域範囲ごとに設立されることを提案する。
 →地域性種苗の市場生産・供給過程

2)契約生産
契約生産は地域性系統苗を得る比較的確かな方法だが、発注を受け、採種・繁殖・育成を行うのに数年を要する。契約生産で重要なことは、こうした時間をいかに確保するかという問題である。
 樹木では毎年結実しない樹種が多数あり、発芽にも1年以上を要す樹種も少なくない。さらに同じ地域性系統でも個体差があり、発芽までの年数を含め、多様な形質を内包している。いっぽう種子を採取できる結実期は限られている。そのような条件のもとで、遺伝的多様性を確保しようとすれば、採種以前にも十分な資源調査がなされる必要がある。そのため、契約生産により良好な苗木集団を得るためには、現状の技術で、最低5年程度を必要とする。
 この時間を確保するには、事業が数年にわたる計画性をもって進められることが不可欠である。このように数年にわたる事業の中では、従来、しばしば約束の不履行が生じ、生産者が損失をかぶるという事態があった。これをさけるためには、発注時にきちんとした契約が行われることが必要である。
あるいは、植物の納品をもって支払いが行われるのではなく、採種、育苗、苗供給それぞれの時点で支払いがなされるなどの方策も検討されてよい。この方法だと、それぞれのステージで検査も同時に行われることになり、苗の信頼性を確保することにもつながる。
 種苗の地域的系統を保証する原産地や母樹の記載が重要なことは、市場種苗の場合と同様である。
種苗の供給に要する時間を短縮するための技術開発は学的課題となる。たとえば、多様な種子の長期貯蔵法が開発されれば、採種にかかる不安定さが解消される。クローンによる苗木生産が多様な樹種で行うことができれば、生産に要する時間はかなり短縮される。また種子や挿し木によって、多様な樹種による緑化を行う工法が発達すれば、これも種苗供給時間の短縮につながる。ただし、これらの技術を適用する場合も、種内の遺伝的多様性を確保することが留意されなければならない。
 検査の重要性、専門業者育成の重要性については、市場種苗の場合と同様である。
 →地域性種苗の契約生産・供給過程

3)公共事業体直営の種苗生産
上記のようなシステムは、現状では未整備と言えよう。こうした状況の中で、確かな地域性の種苗を準備するためには、発注者自ら生産を行うという方法がある。現に一部の公団ではそのような施設を有し、苗生産を行っている。過去には地方自治体が緑化樹生産を直営していた時代もあった。公共事業による緑化において、確かな地域性系統を準備するためには、こうしたシステムの立ち上げが検討されてもよい。

5-3 野生植物資源利用における倫理

 環境に対する社会の関心が高まる中で、逆に山野草採取が激化し、野生植物資源の喪失を招いているという現状がある。緑化によって、間接的にでも、野生植物資源の衰退を招くようなことは、絶対にあってはならない。種苗調達の中では、古くから「山取り」ということが行われてきたが、採取にあたっては、地域の野生植物資源を保全するよう、じゅうぶん配慮されなくてはならない。種苗生産団体においては、業界の信頼性を高めるためにも、生物多様性保全に関する認識を高め、そのような規約が結ばれることが望ましい。
 一方、山林経営の側から言えば、よく配慮された山取りは、むしろ、持続的経営によい効果をもたらす。山林資源の持続的な利用のために、たとえば「資源保全利用林」などの制度が制定されて、その中の植物利用については、一定の基準を設けることなども考えられてよい。

5-4 現場産種苗の再利用

工事が行われる現場産の植物利用は、もっとも保全効果の高い緑化法である。この場合は、大面積を要する苗の仮植畑の問題、必ずしも植物の季節性に合わせて進まない工事の下で、移植適期や種子採取適期をのがしてしまうといったことが問題になる。その場合、事業・工事の進行に合わせて、植物採取、仮植え、植栽などの緑化工程をうまくプログラムすることが大切である。理想的には、緑化工程にあわせて全体の工事を計画できればもっともよい。
時期を比較的選ばない移植法として根株移植などが一部で行われているが、このような手法をさらに研究する必要がある。
また植物の埋土種子は、いったん失われてしまった植物資源の再生方法としても注目されているが、その実用的な利用技術については今後さらに研究される必要がある。

5-5 植生復元における植物再導入の問題

 近年、市民の自発的な運動などによって、自生地の衰退した植物資源を、いったん庭などに移出された植物の再導入によって復元しようという動きが各地である。またこれに対して、主として保全生態学の立場から、そうした行為が自生地の生態系や地域的な植物の系統を撹乱するという指摘がなされている。
そうした運動は善意から発せられたものが多く、全否定されるべきではないが、種苗管理の立場からはいくつか提案すべき点がある。
 まず再導入される植物の種の同定は最低限の条件である。さらに原産地が特定されていない材料は用いるべきではない。導入した個体については個体識別を行い、そのソースの記録を残すことが望ましい。その記録は公共機関等によって保存され、関係者だけでなく、一般市民に公開される必要がある。
 次に再導入される植物種の立地や生活史などについて調査する必要がある。再導入は適切な立地になされるべきだし、場合によっては生息環境の整備や、継続的な管理の必要がある。それらの運営が困難な場合は、無理な導入は避けるべきである。
 再導入における個体数は、再消滅が避けられる大きさで、かつ生態系のバランスを崩さない小ささに配慮する必要がある。また少数の個体から増殖した植物を用いるのではなく、できるだけ多くの個体をソースとして、遺伝的多様性の保全を意図して再導入が計画されることが望ましい。
 また、一部のランをはじめとする絶滅の危惧される植物では、稀少となった植物資源を用いた繁殖事業が各地で進められている。この場合においては、個体識別とともに、原産地・ソース個体の情報はもちろん、DNA情報も記録されていることが望ましい。また増殖にあたっては、できるだけ多様な個体をソースに用いるべきことは上記と同様である。

6. 基盤造成と緑化植物の導入

6-1 生物多様性に配慮した造成−ハビタットの形成

 生物多様性豊かな緑化とは、多様な植物・動物の供給によってのみ実現されるわけではなく、その生育場所であるハビタットの多様性確保がもう一方の重要な要素である。土木工は場の地学的ポテンシャルを操作し、ハビタットを形成する作業といえる。生態復元では地形の成因や水や土砂の運動に関する自然の法則を読み取ることが重要である。そうした理解を踏まえて、維持可能なハビタットの形成、あるいは自然なハビタット形成を促す基盤造成がなされなければならない。
 そのためには、群落の微細な立地条件、生物の各生活史ステージにおける利用ハビタット、発芽・生育のセーフサイト、適切な土壌条件など生態学的知見が整理されなくてはならない。
 これらの知見をもとに、適切なハビタットとその配置を、設計・施工しなければならない。このためには、入念な詳細調査が必要であり、適切な土工計画を立案しなければならない。さらに、これらの条件を実現する生態工学的技術の開発が課題となる。

6-2 植物導入手法の選択と問題点

 緑化手法には生物多様性保全のレベルに応じて様々な方法がある。下記に一部を示すが、万能な方法はなく、状況に応じて、適切な方法が選択され、必要に応じて組み合わせて用いられなければならない。

1)外部から植物を導入しない緑化手法
 遺伝子構成保護が要請される領域では、外部から植物を導入してはならない。当地域は後の計画の見直しがきかない場所であり、このため計画段階で植物材料の入手方法・緑化方法についての入念な検討が必要となる。原則として小規模な工事に限定され、緑化手法としては以下の方法が考えられる。
(1)周囲からの植物の自然な侵入に任せる方法(無播種・無植栽)
 侵食防止など必要な処置は、物理的・化学的手法を用いて行うこととし、植物の導入は行わず、周囲からの植物の自然侵入を待つ方法。周囲の生物的ポテンシャルが高く、対象個所が小規模の場合には有効な方法である。しかし大規模な場合は、景観的に問題があり、土壌浸食などが生じやすいうえ、コンクリート構造物等の持ち込み、侵食防止剤の大量施用などが必要となる場合が多く、物理的・化学的手法そのものに伴う問題が発生する可能性がある。種子の供給源を欠くなど立地ポテンシャルが低い場合は、植生回復が著しく遅れる事態も生じる。
(2)現場産植物と埋土種子の利用
 工事対象個所に生育していた植物を利用する方法。移植などして、植物を採取して用いる場合、仮植えスペースが必要で、工事の全体計画にうまく移植計画を組み入れる必要がある。手間がかかる、活着率が低いなどの問題があり、より確実性が高い緑化・植栽方法の開発が望まれる。種子を採取し栽培すると活着率は高いが、育成に必要な時間がより必要となる。
 埋土種子は有用な現場産資源で、その利用は微生物を含む土壌もあわせて保全されるので、生物多様性の保全に対しては有効な方法の一つである。しかしながら、発生する植物は休眠性を有すものに限られ、それらの種・系統を無意識に選抜していることになるので、まったく生物保全的というわけではない。一部の先駆的な植物が優占・繁茂する傾向があり管理が難しい、土壌浸食を受けやすいといった問題もある。

2)地域性系統あるいは自生種を用いた緑化手法
 系統保全が要請される領域では、地域性種苗や現場産資源を用いて緑化を行う。材料調達が難しいことが最大の難点である。
 種保全が要請される領域では、地域性系統に限定されないが、在来の自生種を用いて緑化を行う。
これらの方法では、用いる植物に応じた土壌条件等の環境整備も重要で、施工時期も植物に適した季節が選択される必要がある。
その手法は大きく下記の3つに分類できる。
(1)初期的な侵食を抑えるなど、人為的な植物の導入は非永続的な植物に限定する方法
発芽・初期成長の早い草本植物を用いて、早期の地表面被覆を行い侵食防止を行うが、外部からの植物の侵入、遷移の進行によって、導入植物は消滅することを期待する急速緑化の手法である。よって緑化対象地の生態系に与える人為的影響は小さい。しかし、導入植物が外部に逸出して、生態系の撹乱要素となっている問題が指摘されているため、早期緑化用にも、自生種が用いられることが望ましい。
(2)自然侵入を促すなどのため、人工的な植物導入を部分的にはかる方法
緑化対象地に種子の供給源となる母樹や止り木を導入する方法である。緑化対象地に母樹や止まり木があると、鳥散布をはじめとした種子散布が促進され、遷移の進行が早まる。それらの樹木は永続的に残存するため、自生種や地域性系統としての吟味が必要だが、多くの空間は立地条件に応じた植物が周囲から侵入・定着するのを待つ。
土壌浸食の防止などに工法の工夫が必要である。
(3)完全に人工的な植生の成立をはかる方法
 「潜在自然植生緑化」や「樹林化」などが、この範疇に含まれる。その場合、竣工当初から、完成目標の構成植物を人工的にすべて導入する。それらは永続的、半永続的に残ることが期待されるため、導入植物の種や地域性等の吟味は厳重に行う必要がある。また、このような方法で地域性系統を用いて緑化をはかるとしても、系統保全地域内では、単一の種を大量に用いるのは避けるべきである。単一種の個体数の急増は、地域の生態系に撹乱を及ぼす危険性がある。この方法は生態系の変化に対する人為的な干渉がもっとも大きく、生物多様性の観点からは細心の注意を要する方法である。

3)移入種を管理しながら用いる緑化手法
 種を問わない場合でも、移入種の外部への逸出、侵略種の繁茂が起きないよう管理する。
さきに述べたように、草本による急速緑化法は、緑化対象地の生態修復に優れた方法だが、導入草本種の逸出が問題とされている。今後、非侵略性の種・品種の利用・開発を行い、外部への影響の軽減を図るべきである。

6-3 モニタリングと適応的管理

 生態系の発達は管理段階を通して促していく。その際、生態系の変化は当初の予測どおり進むとは限らない。植生管理にあたっては、定期的なモニタリングが重要である。モニタリングの結果、緑化目標の達成のために、管理方法が不都合と判定されれば、フィードバックして方法を再検討する。
こうした検討のためには、緑化目標は明快でなくてはならない。モニタリングの方法も、環境の変動性、指標性、事業の継続性などを配慮し、戦略的に策定される必要がある。
モニタリングの結果、緑化目標の達成が困難と判定された場合は、目標の変更を行う場合さえありうる。その際には、広くモニタリング結果を開示し、関係者および専門家の十分な討議を経る必要がある。

6-4 専門技術者の養成

生物多様性保全を考慮した緑化を行うに当っては、植物、生態、土木など多岐に渡る専門知識と技術・経験が必要となる。また、設計・施工・モニタリングに至るすべての過程に精通することも必要となる。これらが、別々になされるならば、設定した緑化目標の達成が困難となる。これらを兼ね備えた技術者の育成に努めるとともに、分野間の共同作業を促進させる必要がある。

7. 評価

7-1 評価の要点

 従来、緑化工や植樹という行為は、土木造成工事に付随して行われることが多く、短期間にその成果をあげることが要請され、竣工時の発芽成立本数密度や植被率が、主要な評価基準であった。しかし短期的によい成果があげられても、長期的には、順調な植生遷移が阻害されるなど問題が大きい場合がる。あるいは逆に短期的な成果は思わしくないが、長期的には評価できる場合もある。さらに、導入する植物材料が侵略種であるなどして、かえって望ましい自然環境を撹乱する場合もある。
 したがって、今後の緑化に対する評価法としては、(1)侵略種や浸透交雑可能性の高い植物、地域性に問題がある種苗が材料に含まれているかどうかの評価、(2)竣工時におけるハビタットの整備状況の評価、(3)最終目標とする生態系に対する達成度に関する評価が重要である。
 評価のタイムスケジュールの各時点で、予定の水準に達していないと評価されるとき、また侵略性などの危険が認められるときは、対策を協議し、実行する。

7-2 評価の精度

 評価の精度は、遺伝子レベルから群落、さらに景観レベルに渡って、最新の知見を取り入れながら行う詳細版、必要最小限の項目と方法を計画時に合意して行う標準版、重要な項目についてのみ、検査や計測が容易な代替指標なども用いて行う簡易版などが考えられる。地域的な重要性と、事業規模に配慮して、適切に方法を選択すべきである。たとえば簡易測定法では、多点測定や時間間隔の短い測定が可能になるなどの利点があり、生態系の把握には有利な点も多い。

7-3 評価のタイムスケジュール

緑化の計画、施工、管理の諸段階において、評価が必要である。

1)計画・アセス段階
 この段階では、以下の4点をチェックする必要がある。
(1) 対象事業の目的と時間スケール・空間スケールに応じた適切な緑化目標がたてられているか。
(2) 目標達成のプログラム(ハビタット整備手法と植物保全・導入方法、管理手法など)は適切か。
(3) 適切な植物材料調達計画が立てられているか。
(4) 侵略性、浸透交雑性の植物材料が、その危険のある地域、地点に使う計画がないか。

2)苗供給、施工段階
 この段階では、以下の2点について、適宜チェックする必要がある。
(1) 植物材料の産地と仕様、表土の場合は採取地、採取時期と方法、保存方法、その他の関連材料について、計画通りの材料が供給されているか。何らかの要因で計画変更となった場合、それは目標達成に支障が予想されるか。
(2) 供給から施工までの手順が計画通りに行われているか。何らかの要因で計画変更となった場合、それは目標達成に支障が予想されるか。

3)竣工検査
 竣工後に、苗供給、施工段階での検査をとりまとめ、以下の検査を行う。
(1) 植物材料(表土など間接的なものも含む)の産地、仕様、施工方法について、計画の水準を満たしていたか。
(2) 侵略性、浸透交雑性の植物材料が、要配慮地域、要配慮場所に使用されていないか。
(3) 整備された基盤が、想定した生物生息環境(ハビタット)としての構造と安定性を備えているか。
(4) 導入植物の活着状況、播種植物などの発芽成立状況は竣工時に想定した計画水準を満たしているか。

4)初期成立植生の評価
 竣工後数ヶ月(1年以内)に、以下の項目について評価する。
(1) 発芽成立種とその密度、被度
(2) 導入植物の活着状況
(3) 侵略種(有無、生育状態など)
(4) 特筆すべき環境要素(気象、病害虫など)

5)フォローアップ
自然環境修復としての緑化の評価は長期的な視野で行われるべきであり、施工2年後、5年後、10年後、その後10年ごとを目安に成立植生をモニタリングし、緑化目標の達成度を評価するのが望ましい。以下の項目で一定の課題があれば対処し、大幅な課題があれば、当初の目標も含めて再検討を加える。
(1) 目標とした水準に、個体、群落、生態系が発達しつつあるか。
(2) 侵略性、浸透交雑性の生物が要配慮地域で繁殖していないか。

7-4 侵略種・浸透性交雑種の判定方法

 侵略種の判定方法は、現在のところ確立していない。よって、植物を移入する場合は、研究・試験施設や植物園などの管理された環境下で、普及前に試験栽培を行う。試験によって逸出状況等を調べ、侵略性を判断する。代表的な侵略種の特性を整理すると、ニセアカシアは砂防用に使用された結果、水平根と根萌芽によって河原に林を形成し、河原の生態系を変化させている。イタチハギは種子繁殖力が大きく、生長が早いために、法面の遷移を停滞させる。トウネズミモチは鳥散布種子を大量につけて、二次林に侵入する。トールフェスクは種子繁殖力が大きく、本来は生育する植物の少ない河原に密な草原を形成し、丸石河原の植物の脅威となっている。このように、侵略種には、他の植物の生育を阻害する性質を持っている競争種が該当する。
 浸透性交雑の危険を有する種としては、本来分布の異なる近縁種のひとつが生育している場所に別の近縁種を導入する場合があげられる。この場合に、タニウツギなど既に雑種が形成されることが報告されている分類群においては、特に慎重に検討する必要がある。また、オオシマツツジとオオムラサキなど園芸品種が近縁な植物との間に浸透性交雑を起こすこともあるので、園芸品種の植栽に当っても留意する必要がある。

7-5 地域性系統の判定方法

 地域性系統の判定法については現在、研究段階にある。既往の知見からは以下の方法と基準が適正と考えられる。
 導入しようとする集団と導入先周辺の地域集団から、それぞれ最低20個体以上をランダムサンプリングし、アロザイム分析を行う。遺伝子型の決定には、遺伝子座を15以上とることが望ましい。解析の結果、Neiの遺伝的同一度が0.9以上あれば、両集団間で遺伝的交流があると言える※4 。さらに形態や生態に目立った違いが見いだせなければ※5 、導入しようとする集団と導入先の集団は同一の地域性系統とみなすことができる。
 しかし、栄養的に増殖された種苗の場合などには、その種苗群の遺伝的多様度が低くなるため、かりに採取元の地域性集団との間で検査を行っても、遺伝的同一度は低く算出される場合がありうる。種苗は複数の母樹から採取し、じゅうぶんな遺伝的多様性を確保しなければならない。
ところで、個々の種苗がある地域性系統に属すかどうかは、上記の方法で調べることはできない。調べることができるのは、種苗個体とその母樹とされる個体との間の親子関係であり、マイクロサテライトDNAなどを用いた別の分子遺伝学的方法※6 によって検査する。

7-6 緑化目標生態系達成度の評価

 緑化の達成度は単に緑被率でなく、フロラ、種組成、群落構造、によって評価するのがよい。規模が大きくなれば、群落のモザイク状況などの景観生態学的な特性にも配慮する必要がある。
群落レベルでは、その地域の開発前の比較的良好な群落を対照として、評価することが可能である。その際、つぎの3項目が考えられる。
(1) フロラ調査:出現種リストとその調査面積。
(2) 群落調査:典型的群落の林令、植被率、階層構造、組成表、群落高、断面積合計。
(3) ハビタット機能調査:土壌条件(有効土壌層、有機物層とその分布など)、生態系リソース(根株や木質の土留め、その他生息空間素材とその分布など)
 簡易法として、全緑化面積の1%?10%程度のサンプル

7-7 緑化努力の配慮

緑化は十分に計画されたものであっても、異常気象や思わぬ病虫害発生などの自然環境の変動によって、多大の影響を受けることもある。このため、緑化計画で想定する水準には、一定の配慮が必要である。

7-8 客観性の確保

評価は施主、コンサルタント、施工者、の間で合意できる方法に従って行うのが原則であり、十分な能力を備えた担当者または機関が行って客観性を確保する必要がある。特に重要な地域における侵略性・浸透交雑性の評価や地域性種苗の品質管理は、自治体試験場や第三者機関などに協力をあおいだり、情報のデータベース化と一般公開がはかられるべきである。

※4 集団の遺伝的交流を示す遺伝的同一度の値には、0.8から0.95まで様々な報告があり、今後、さらなる検討を要す。
※5 風媒の木本植物の場合等では、形態や生態に地域性が認められても、分子遺伝学的には隔離が認められないことが多い。その場合は、形態や生態による地域性を、基準として優先させるべきである。
※6 種毎にプライマーを設計する必要があり、現状では実用的とは言いがたい。


8. 提言の実践に向けての関係者の取り組み

 緑化事業は、事業の計画を立て業務として発注する者、業務を受注し施工や管理を実施する者、使用される植物材料の生産・供給を行う者、また、基礎研究や技術開発を行う研究者など、様々な立場の者の関与により成り立っている。前章までに述べてきた提言の実践には、これら全ての関係者の、それぞれの立場での取り組みが必要である。
 本章は、前章までの提言を再整理し、各関係者の役割を明らかとするものである。
 
8-1 計画・発注の立場に対して

 緑化事業全体のイニシアティブをとる立場にある計画・発注者は、生物多様性侵害の問題について十分に認識を持ち、長期的ビジョンを持って緑化事業を計画しなければならない。また、発注者(その多くは行政機関である)には、緑化事業に関わる業務発注契約や関連業界支援など諸制度の改善・充実が求められる。

1)長期的ビジョンを持った緑化事業計画の留意点
(1)事業効果を検証可能とする時系列的な植生目標
緑化事業は、竣工後、導入植物の成長や植生遷移により、事業地の景観や環境が変化するという特徴を有している。緑化事業計画には、このような特徴を反映した植生目標として、竣工時、中間段階、最終段階など、時系列的な複数の植生目標を設定する必要がある。
このような目標の設定は、工法選定や施工・管理の適切さを検証するうえで不可欠のものである。
(2)事業実行を可能とする種苗準備計画
生物多様性保全に配慮した緑化事業では、実行上の重要な課題の一つとして、地域性種苗の確保が挙げられる。適切な野生種苗の供給には時間を要するため、事業計画は、その準備計画を含むものとし、円滑な事業実行を図ることが、計画・発注者の責務とされる。
(3)継続的かつ適応的な管理計画
竣工後の植生の変化が、計画上の植生目標と合致しない事態が生じることは、往々にしてありうることである。そのため、竣工後も継続的なモニタリングを実施し、目標とのズレを認めた時には、目標に誘導するための管理作業を実施しなければならない。また、誘導のための管理作業は、状況に応じ適切な方法が選択されなければならない。
このような管理作業の実行性を担保するため、事業計画にはモニタリングと誘導管理の方針が管理計画として盛り込まれるべきである。

2)諸制度の改善・充実
(1)新たな竣工検査基準の設定
緑化工事の竣工検査では、通常、契約仕様・数量の確認に加え、一定期間後の苗活着や種子の発芽・被覆状況により合否が判定され、活着数や被覆面積が不足する場合は、施工業者の負担により補償工事が行われる。このような検査・補償の仕組みは、活着や発芽・成長が安定的な種苗、施工方法の採用を前提として成り立っているものである。しかし、生物多様性保全に配慮した緑化工事では、使用実績の少ない種苗や施工方法を採用することが多くなると予想されるため、このような検査基準を画一的に適用した場合、事業推進の足枷となる可能性が高い。
使用実績の少ない種苗や施工方法を採用する工事については、植生発達を支える土壌等の基盤の品質に着目した新たな検査基準の設定が望まれる。
(2)地域性種苗の供給体制確立のための制度充実
@種苗契約生産のための複数年契約の適用
地域性種苗の市場流通がない現状においては、専門業者との契約による種苗生産は、確実性の高い種苗確保方法である。しかし、採取・繁殖・育成の過程を経る種苗生産には数年を要するため、複数年に渡る契約が必要である。行政予算制度では、単年度執行が原則とされるため、種苗生産について複数年契約の適用が求められる。
A市場流通体制確立のための行政支援
地域性種苗の市場流通体制確立への取り組みは、後述するように生産者によるところが大きい。しかし、一般種苗に比べ生産コストが割高となったり、形状規格が不揃いとなったりすることが考えられる地域性種苗の生産を促進するためには、適正価格での採用、規格に対する柔軟な対応等、ユーザーとなる行政機関の理解と支援が有効となる点も多い。
B検査体制の確立
公正な市場を確立するためには、適正な検査が行われなくてはならない。とくに地域性種苗の検査を民間で行うことは現状では困難なので、行政が主体となって検査機関を設ける必要がある。
(3)緑化事業における系統の記録と公開
 生態系修復を目的とした緑化事業においては、導入種苗の系統の記録を残すことが必要と考えられる。事業は行政機関に限らず様々な主体により実施される場合があるが、その記録は一元的に保存・管理されることが望ましく、公開性を確保する上からも、公共的な機関より実施されることが期待される。

8-2 種苗生産・供給の立場に対して

 緑化事業による生物多様性侵害の基本的防止策は、地域性種苗の採用であり、その実行の鍵を握るのは、種苗の生産・供給者であるといえる。種苗の原産地を特定しうるのは、生産・供給の立場にある者だけであり、その取り組みは、社会的な信頼が得られる形で行われなければならない。

1)原産地記載のルールづくり
地域性種苗には原産地が記載される必要がある。しかし、その実行には、地域のくくり方など記載方法についてのルールが整備される必要がある。また、記載事項の保証と虚偽の記載を防止する仕組み必要であり、組織だった取り組みが要望される。

2)供給体制の整備・高度化
(1)植物分類技能の向上と人材育成
 地域性種苗を扱う者は、植物種の同定、品種の取り扱い方法について知識を有することが基本的に必要となる。そのためには植物学の素養を磨くとともに、確実な種・品種記載の習慣を確立することが有効と考えられる。また、材料採取のためには、地域の実情に詳しい採種人の存在が重要であり、野生植物の知識に長けた種苗生産技術者として積極的に育成する必要がある。
(2)種苗生産技術の開発
野生種苗の繁殖、貯蔵、育成には多くの技術的課題がある。これに積極的に取り組み、様々な特徴ある技術が開発されるべきである。
(3)種苗生産情報の規格化と発信
地域性種苗の在庫・生産状況は、緑化事業の計画策定者にとって重要な情報であり、インターネットなどの手段を用いて発信されることが望ましい。また、これらの情報は、県や国レベルで一括して整理されることが望ましく、そのためには情報の適正な規格について検討が必要である。

8-3 施工・管理の立場に対して

 その使用に不確実性が内在する地域性種苗による緑化では、施工者の技術力により、その成果が左右される場合も想定されるため、施工・管理の立場にある者に対しては、技能向上と技術開発に対する要請が大きなものとなる。

1)技術者の育成
生物多様性保全に配慮した緑化工事の監理技術者には、造園・土木のみならず、植物生態に関する広汎な専門知識が求められる。また、計画・施工・モニタリングに至る一連の緑化事業の過程に精通することも必要である。これらを兼ね備えた技術者は不足しており、育成に努めなければならない。

2)多様な野生植物種苗を用いた緑化技術の開発
(1)野生植物苗の活着率の向上
 地域性種苗となる野生植物は、必ずしも繁殖力が強いとはいえず、移植時の活着がよくないものも多い。これらの定着確率を上げる緑化方法が検討されるべきである。
(2)現場産植物資源の利用
 施工現場に生育する植物を移植し用いる方法は、系統保全上望ましい方法であるが、活着率の低いこと、工程管理の難しさなどの解決すべき点が残されている。

3)モニタリング成果の施工技術への反映
 地域性種苗を用いる緑化工事、特に生態修復やビオトープ造成を目的とする工事では、実験的性格が強く、施工やその後の管理の結果は継続的なモニタリングにより確認される。施工者はモニタリング結果に関心を持ち、結果を施工技術の向上にフィードバックさせなくてはならない。

8-4 研究者に対して

 生物多様性保全のための緑化植物の取り扱いに関しては、多くの学術的課題が残されている。以下に示すのは特に緊急度が高いと思われる課題である。研究者はこれらの課題に積極的に取り組み、成果を社会に還元していかなくてはならない。
また、種苗生産・供給者、施工・管理者が取り組む技術開発に積極的に関与し、その推進を図ることも研究者の責務とされる。
@侵略種の判定法開発
A緑化に用いられる主要な植物種の地域変異構造(遺伝子および表現形質)の解明
B地域性系統の同定技術の開発
C多様な生物−ハビタット関係の整理とそのメカニズムの解明
D地域性種苗の貯蔵方法と急速苗育成方法の開発、現場産生態系資源の利用技術の開発


謝辞

 提言をまとめるにあたっては下記の方々のご意見を参考にした。最終的な提言の責は学会と植物問題検討委員会にあるが、記して謝意を表する。
 中島慶二氏には2001年3月まで、委員としてレポートとご意見をいただいた。高田研一氏と小池英憲氏には、提言作成にあたって、経験に基づいた多くの貴重なご意見をいただいた。村上哲明氏と戸丸信弘氏には、地域性系統の評価方法について、専門的立場からご意見をいただいた。国分尚氏には米国の侵略種対策事情についてご教示いただいた。山本紀久、根本正之、谷本丈夫、福永健司、島田幸博、上島晃嗣、加藤辰巳、瀧邦夫、山本幹夫、池竹則夫、實松秀夫、阿部和時の諸氏には、委員会に出席していただき、あるいは書面で、ご意見をいただいた。三木博史氏、田中章氏には、ワークショップに参加していただきコメントをいただいた。



10_h.gif (1225 バイト)